2011-10-13

「久保田」の源

10月12日から16日にかけて新潟・長野の県境を結ぶ信越トレイルを歩いてきた。北海道からフェリーでの移動や天候悪化もあって、実際の山歩きは13・14の二日間だけだったが、紅葉のブナの森をじゅうぶん堪能できた。

なかでもとくに印象に残ったのは、初日に、天水山から松之山口への下山路で出会ったブナ林だ。雪の重みで根元が湾曲したブナが、寺院の回廊の柱のように整然と林立し、しかも林床に笹がないためにすっきりと遠くまで見通せる。「端正」「優美」といった形容詞がピッタリな美しいブナ林だ。カモシカまで現れて我々を歓迎してくれた。

この日は新潟から戸狩温泉までの移動途中だったためにじゅうぶんな時間が取れず、往路は御坂峠から天水山を経て松之山口までトレイルを歩き、復路は並走する車道を峠までもどるというコースだったのだが、ここの車道でもさらなる出会いがあった。

道端に「名水 深山の清水」という看板があり、法面のパイプから水が出ている。脇に置いてあった「かんずり」の瓶をコップ代わりにして水を飲んだ瞬間、思わず「美味いッ」と叫んでしまった。柔らかく、ほのかな甘みがあるのだが、クセがない。深い闇のなかにスーッと消えていくような美味さだ。さっそく水筒とペットボトルに水を汲み、宿で水割りにして楽しんだ。

これだけ美味い水があるのだから、きっと下流には名だたる銘酒があるはずだ!と、勝手に思い込み、自宅に戻ってから調べてみた。「深山の清水」はすぐ下流で「亀石川」になり、その後「渋海川」に変わって、長岡市の市街地付近で信濃川に合流する。合流点のやや上流、JRの来迎寺駅付近に酒造会社がある。

朝日酒造株式会社。そう、酒好きの人なら一度は耳にしたことがあるだろう。「朝日山」「越州」「久保田」のブランドで有名な酒造会社だ。何を隠そう。私も以前から愛飲している酒だ。まさに「水が合う」というべきか、体が覚えているのだろう。源流の水を飲んだだけで体が喜んでしまうのだ。呑兵衛冥利に尽きる一瞬であった。

「銘酒の源流をたどる山旅」というのも面白いかもしれない。


天水山から松之山口への下山路で出会ったブナ林


道端に「名水 深山の清水」という看板


これがあの「久保田」の源

2 件のコメント:

もたれつ さんのコメント...

沁みました。

上善如水ではないけれど(あれは信州?)、あざとさのない、自然でいて味わい深い文章に思わず唸ってしまいました。
また、ブナの写真がいい、染みます。

失礼ながら、いつもはかなり硬い、悪く言うと高飛車な文体だと思うのですが、題材と書き手の親密感が生きたのでしょうか?

ゴマを摺って「久保田」を分けて貰おうなどという魂胆はまるでありません。
私はほとんど下戸ですから。

SAKUMA Hirosi さんのコメント...

正直言って、あのとき思い浮かべたのは別の酒蔵でした。端麗辛口が売りの久保田にはちょっと柔らかすぎる水だと思ったからです。その後いろいろな水と混じり合って、あの、やや硬い酒になるのでしょうか。文章に似てるかも(笑)。